前回優勝者
昨日、突如として、
カラオケ大会のデュエットの部に
「銀座の恋の物語」という曲で、
タクマとサヨちゃんが
出場することになったけど、
あくまで、俺たちは“すずたん応援部”!
“すずたん”がどうやったら
目標の入賞に入れるか話し合うために、
夕方から、タクマとヒロセとマルオで
いつものガストに集まった。
タクマは、イヤホンをして、
難しい顔をしながら
曲を聞いている。
俺もあの後、「銀座の恋の物語」を
iTunesで聞いてみたけど
タクマ、あんな歌謡曲、歌えんのかな?
すると、難しい顔をしていたタクマが
急にニヤケ顔になる。
「若い2人がはじめて逢った・・・か」
「は?」
「いや、そういう歌詞があってさ。
サヨちゃんがコレ選んだんだな~
って思うと・・・なんか・・・フフ」
「はぁ・・・?」
俺としては、タクマとサヨちゃんの
デュエットは、オマケみたいなもんで、
ホントは“すずたん”の応援に
集中したいんだけど・・・
「ちょっとさ、タクマ、
もう今週末、大会だよ!?」
「うん、だから練習しなくちゃ」
タクマはニヤニヤしながら答える。
「じゃなくってさ!俺らは
“すずたん応援部”でしょ?
今日はどうやったら、“すずたん”が
入賞できるか話し合おうぜ!」
「でも・・・“すずたん”
入賞できるんじゃろうか?」
マルオは不安そうに言う。
「おい!できるかなぁ?じゃない!
絶対入賞させるんや!」
ヒロセはポコッと軽くマルオの頭を叩く。
「イテッ」
それを見ていたタクマが、
イヤホンを外し、口を開く。
「だけどさ、俺、去年の映像
見てないから、他の人のレベルも
よく分かんないしなぁ~」
すると、マルオが俺の方に振り返る。
「あ、そうじゃ!ぺらいちさん!
去年の映像見たとき、
二年連続で優勝しとる人が
近くに住んどるって
“すずたん”言っとったじゃろ?」
「そういえば・・・」
「へぇ~2年連続??すごいやん」とヒロセ。
「どうだったの?上手かった?」とタクマ。
「いや~さすがに巧かったんですよ。
なんか優しそうなお婆ちゃん
じゃったですよねぇ?」
「うん、“すずたん”の2個下くらい
らしいけど、もっと若く見えたよ。
中島みゆきの『糸』歌いよったけど、
相当上手かった。なんか昔から歌やっとる感じ」
「いつもワシらが行っとるカラオケで
ほぼ毎日練習しとるって
言いよりましたよね?」
「うん」
「え~?!」
「そんなん今まで全然気づけへんかった」
タクマとヒロセは驚いている。
そういえば、“すずたん”にも一回、
その人のこと聞いたけど、
スルーされて終わったんだよな・・・。
「どんな練習してんだろうね?」
とタクマ。
「じゃったら、ちょっと今から偵察行く?」
俺の何気ない一言で、
二年連続優勝の実力者のお婆ちゃんを
見るため、“すずたん”に内緒で、
いつものカラオケ屋に行くことに。
カラオケ屋に入り、もうすっかり
顔なじみになった店長に挨拶する。
「あれ?スズキさんは?」
「いや、今日は俺たちだけなんです。
いつもの部屋空いてます?」
「空いてるよ」
俺たちは一旦、案内された部屋から抜け出し、
一部屋一部屋、ドアの小窓を
さりげなく覗きながら回っていく。
「ここじゃないな」
「ここもおらんです・・・」
「今日は来てへんのかな?」
すると、角を曲がった先にある
一番奥の部屋から
女性の歌声が聞こえてくる。
♪まわ~るぅ~まわ~る~よ
時代は まわ~るぅ~
中島みゆきの「時代」だ。
「え?ここじゃない?」
「確かに上手いもんね・・・」
「え?どんな人?」
「え、どこどこ?」
「おい、あんまり覗くなって」
おれの制止もきかず、
タクマとヒロセは、
代わる代わる小窓をのぞく。
すると、中で歌っていたお婆ちゃんが
ドアに近づいてくる。
「おい、ヤバイ逃げろ!」
ガチャ。
ドアの前には、品の良さそうな
お婆ちゃんがニコニコしながら立っている。
「・・・なにか?」
小ぎれいにセットされた
ショートの白髪頭が
よりいっそう上品さを醸し出している。
「いえ、部屋を間違えちゃって・・・
すみませーん、ほら、いくぞ」
俺が慌ててみんなを引っ張ると、
お婆ちゃんはキョトンとしている。
「あぁ~、あなたたち、スズキさんの?」
「あ・・・」
「ほら、いつも練習してたでしょ?
でも、大変でしょ~?」
「いや、そんな・・・」
「だって、あの人、音痴でしょ~」
「え・・・」
このお婆ちゃん・・・
優しい顔してるけど
目はなんだか笑ってない。
「フフ。それで、いつも場を
シーンとさせちゃうから、今年は
大会には出ない方が
いいって言ってあげたんだけど、
出ちゃうみたいね~」
「は・・・?」
なんだ、このババア・・・
俺はイラっとして、咄嗟に反論する。
「いや、カラオケは歌の上手さだけじゃないんで」
「あぁ~、ごめんなさい。
じゃぁ、スズキさんによろしく」
自分たちの部屋に戻ると、
ヒロセがいきなり大声を出す。
「なんや、あのババア!」
「ちょ、聞こえるよ」
タクマはヒロセをなんとかなだめようとしている。
「聞こえるように言ったんや!」
ぐぬぬ・・・。
でも、優勝者があんな奴だとは・・・
“すずたん”も会いたくないわけだ。
見てろよ・・・
こうなりゃ、絶対なにがなんでも“すずたん”を
優勝させるぞ!