ノルマ達成
「うっすー!」
小劇場での舞台を
来週に控えたヒロセが、
数週間ぶりに、バイト先に来た。
「いや~、マジでオモロいで!
人類が地球に誕生するまでの
話なんやけどな!
実は、ダーウィンの進化論が・・・」
ヒロセは、舞台のあらすじを
面白おかしく話している。
「なっ?おもろそうやろ?!
せやからっ!
誰か、チケット買ってくれへん?」
そう言って、バイトの
みんなに訪ねて回っている。
「あれ?ぺらいっちは?
もうチケット
買ってくれたんやんな・・・?」
「いや、買ったじゃろ、この前」
「せやんな~・・・ハァ・・・」
ヒロセは、重い溜息をついている。
「何?ノルマ足らんの?」
「せやねん・・・ちょっとでも
セリフのある役を取るためにやな・・・
見栄はってしもうて・・・」
「おっ!ついに主役級?!」
「いや・・・言うても、
セリフが一言二言
増えただけなんやけどな」
「あ~・・・そっかぁ・・・」
ヒロセは、心なしか頬がゲッソリ
してるように見える。
「もう人脈使い果たしてんけど・・・
あと5枚はいかんと、
俺の生活破綻してまうわ・・・」
「う~~ん・・・あと5枚かぁ~」
結局、バイト先で、チケットを新たに
買ってくれる人は見つけることができず、
ヒロセは、とぼとぼと、帰っていった。
舞台のノルマって、ホントにキツイ・・・
でも、大丈夫かなアイツ。
アイツ、今、バイトも全然入ってないから、
ノルマ達成できないと、
ホントにヤバいことになりそうだ。
なんとか・・・
そうだ!
俺は帰り道、“すずたん”ちに寄り、
“すずたん”に、ヒロセの舞台のことを話す。
「んで・・・“すずたん”も良かったら
観に行ってあげてくれませんかね?」
すると、“すずたん”は笑顔で応える。
「え?もう、予約したよ~」
「え?」
あ、すでに誘ってた・・・
考えてみりゃ、そりゃ、そうだよな。
ごめん、ヒロセ・・・力になれんかった・・・。
「そうなんですか~・・・
なんか、今日
バイト先に来たんですけど・・・」
俺が、今日のヒロセの様子を話すと、
“すずたん”は、ニコニコ
しながら聞いている。
「え?そんなことなら
早く言ってくれればいいのに~!」
「え?」
「あと5枚でしょ?
私の町内会の友達、
連れてくよ、5人。」
「え・・・!?いいんですか?!」
「そりゃぁ、もちろん!
え?5人でいいの?」
「あ、はい・・・
あと5人って言ってたんで」
「分かった。じゃぁ、
ヒロセ君に伝えといてよ」
「え・・・あ、ありがとうございます!
でも、ホントにいいんですか?」
「当然でしょ!だって、私の老人会の
カラオケ大会ごときに、みんなで
応援してくれたじゃない!
あの時、どれだけ私が嬉しかったか・・・
ヒロセ君が、そんなに頑張ってるんだから、
今度は私が応援する番だよ」
“すずたん”・・・
タクマの歌舞伎デートの時も、
アドバイスをしてくれたし、
こんなに、親身になってくれる人、
他にいないよ・・・
「ありがとうございます!」
よーし、こりゃぁ、
ヒロセも喜ぶぞ。