見ているようで見ていない
俺の大家さん“すずたん”の
カラオケ大会まで
あと3週間をきった。
今日も、“すずたん”は、「季節の中で」
聴きまくって、練習してるかな。
でも、もうちょっと、
高音が出ればなぁ・・・
そのためには、リップロールか・・・
あれ、意外と難しいんだよな・・・
俺もうまくできんし。
やっぱり現役で役者をやってるヒロセが
一番教えるの上手いよな。
俺は、帰り際のヒロセに声をかける。
「ねぇ、今日“すずたん”の
高音チェックしにいこうぜ!
“すずたん”リップロールたぶん、
上手くできてないからさ」
「せやな!!!いこか!」
“すずたん“ちに着いたら、早速練習。
「“すずたん”、リップロールやってます?」
「え?あぁ、唇震わせるのでしょ?」
「せや、あれできるようになったら、
高い音も出やすくなるで」
「うん、やってるよ・・・。
ぷるるっ・・・ぷるるっ・・・あれ?」
やっぱり“すずたん”できてない・・・
まぁ、俺もできんけど。
「せやな~もっとお腹から出す感じで!
腹式を意識すんねや、
ぷるるるるるるるる!!」
ヒロセは、その場でリップロールの実演をしてくれる。
「ぷるるるるるるぅるるるるるる、
こうやって音の高さを
変えれるようになったら、ええんやけどな」
「おう、すごい・・・ぷるっぷるっぷるっ」
俺も、やってみるが、
ヒロセのように上手くいかない・・・
その時、ヒロセのスマホに着信が。
「わりぃ、ちょっと電話してくるわ~」
5分ほどして戻ってきたヒロセは、
なんだか焦っているようだ。
「あの~~ぺらいっち、
あとはちょっと
お任せしてもかまへん?」
「え?どしたの?」
「ちょっと、彼女んとこ
行かなあかんくなってん」
「えぇ?彼女ぉ???」
・・・そういえば、コイツは、
カワイイ年下の彼女がいたんだった・・・
いつも、これ見よがしに店に連れてきて
自慢してくる・・・。
「いや~、ユイちゃん、マジ天使~!
早く結婚したいねんけどな~!!!」
ハァ???なにが結婚だぁ?!
ノロケまくりやがって。
さっさと別れてしまえ!
前は、あんなに、
“すずたん”ち来たがってたのに、
結局、彼女かい!
ま!彼女いない俺には分かりませんよ。
はいはい。
「あれ?ヒロセ君、帰っちゃうの?」
「せやねん。もうぉ~、
俺がおらんと心配やからな~、じゃ!」
そう言って、ヒロセは
足早に帰っていった。
あーあ、帰っちゃったよ。
「今日は、せっかく良い
赤ワインがあったのになぁ~」
「もう、あんな奴、ほっときましょ!!」
「まぁ、仕方ないよね・・・」
「仕方なくないですよ!
もう大会まで時間ないのに
結局自分の事ばっかですよ!」
「でも、ヒロセ君の彼女って、
小さい子供もいるんでしょ?
だから色々大変だろうからね~」
「え・・・・・・????
子供???」
「うん、前の旦那の子供とか
言ってたかな~。
え?オノ君、知らなかったの?」
「・・・あ、いや・・・」
全く知らなかった・・・
「この前、一人でヒロセ君が家に来てね、
レッスンしよう!って。
赤ワインが好きだって言うから、
終わった後、一緒に飲んでたら
いつも以上にマシンガントークで、ハハ」
アイツ、“すずたん”に、
そんなことも話してたんだ・・・
俺にはなんも話そうとせんのに・・・
いや、俺から聞きもしなかったからか。
でもヒロセ・・・
あんなに浮かれてるから、
てっきり、軽い気持ちで
付き合ってるのかと思ってた・・・。
カワイイ彼女とさぞ楽しいんだろう、と。
浮かれているヒロセを見ては妬んで、
応援する気持ちなんて
さらさらなかった。
俺は・・・一体、
今まで何を見ていたんだろう。
なんだかとても恥ずかしい・・・
でも、そうか・・・
アイツもアイツで色々抱えてんだな。
その事実を知った途端、
ヒロセに対してちょっと
優しい気持ちになれる俺も、な~・・・