今何時?!
昨夜は、バイトを早く上がって帰宅。
家のドアを開けると、
ドアの隙間からヒラヒラとメモ書きが落ちる。
ん?
『いつものカラオケで待ってます』
って大家さん????
もう10時だけど・・・まだいるかな?
ちょっと行ってみるか。
いつものカラオケ屋に着くと、
受付の店主にすぐに部屋に案内される。
部屋の中からは、大家さんの歌声が。
♪今何時!そうね~だいたいねぇぇ~~
今何時!ちょっと待っててぇぇ~~
サザンの『勝手にシンドバッド』だ。
「お~オノくん!」
「大家さん、もうノド大丈夫なんですか?」
「うん!まぁ大丈夫。それより紅白見た?」
「紅白?あ、はい。録画で見ましたけど・・・」
「すごかったでしょ!!!」
確かに、去年の紅白は豪華だった。
最後に、あの桑田佳祐とユーミンが
一緒に歌ってんだもん。
おまけにサブちゃんも。
どうやら大家さんは、録画の紅白を
見直したところ、テンションが上がって
居てもたってもいられなくなり、
カラオケに来たらしい。
「やっぱり紅白っていいねぇ~~!」
「そうですね~!!!」
俺もテンションが上がってきて、一曲入れる。
サザンだったら、
昔、俺もハーモニカで
練習したこともあるこの曲。
『いとしのエリ―』
♪ 泣かしたこともあ~る
冷たくして~もな~お
寄り添~う
気持ちがあれば いいのさ
俺は、桑田佳祐のモノマネをしながら
歌い始める。
まぁ、やり尽くされたモノマネだけど、
結構自信あるんだよねっ。
大家さんもノリノリ・・・と思って
見てみると、なんだか静かだ・・・
♪ 俺にしてみりゃ これで最後のレ~ディ
エリ~~ マイラァ~ブ
ソ~スウィ~ト
曲が終わっても、大家さんは
しばらく黙っている。
あれ・・・?選曲間違えたかな・・・
「ちょっと調子乗りすぎましたぁ~
ハハ・・・」
「・・・上手いね」
「え?ありがとうございます・・・」
さっきまで、あんなに
テンション高かった大家さんが
下を向いている・・・
やっぱりちょっとやり過ぎた?
「これ・・・妻が好きだったんだよ・・・」
「あ・・・」
大家さんの奥さんは、
確か5年前に亡くなったって言ってたな・・・
「・・・すみません」
「いや、いいんだよ。
私もこの曲、すごい好きでね。
妻の名前がユリ子だったから、
エリ―をユリーに変えて、
妻の前でもよく歌ったんだけど、
いつもダメ出しされてたよ」
「あぁ・・・そうなんですか・・・」
「でも懲りずに何度も歌ってたらね、
ついには、妻が曲が始まった瞬間、
イントロで消すんだよ?」
「あぁ~・・・」
「桑田さんに失礼だ!ってね。
でも、口惜しいから、その後、
3曲くらい連続で、
また『いとしのエリ―』を入れんの。
そしたら、マイク取り上げられて、
妻が歌いだしちゃうの。
それからはマイクの取り合い。ハハ・・・」
なんか、いいなぁ。
仲良かったんだろうな。
大家さんと奥さん。
寂しいんだろうな・・・
しまったな・・・
俺のせいで辛いこと
思い出させてしまったかも・・・
すると、ふいに大家さんが
慌てたように時間を聞いてくる。
「オノ君!!今何時?!」
そうだ!うわっ。
スマホを見ると、12時を回っている。
いつの間に、こんな時間経ってたのか・・・
「えっと、もう12時過ぎですね・・・」
「違うでしょ!!
『そうね、だいたいねぇ~』でしょ!ハハハ」
大家さんは、俺の肩をポンと叩くと、
マイクを持ち、
『勝手にシンドバッド』を歌いだす。
「今、何時?!!」
「あ!そそうね、だいたいねぇ~!」
「今、何時?!!」
「ちょっと、待っててぇぇぇ~~」
「不思議なものね~あんたを見れば~
胸騒ぎの腰つき~」
「胸騒ぎの腰つき~」