ゲンのペロペロ
夕方、バイトから帰ってくると、
丸々とした柴犬が、
大家さん家の玄関の前に
ポツンと座っている。
あ・・・大家さん家の犬だ・・・
俺はワンちゃん大好きだけど、
いつも大家さんの後ろに隠れてるから、
あんまり絡めてない。
怖がりなのかなぁ?
俺は、スライド式のアルミの門扉を
ジャラジャラと開け、
ゆっくりと近づいていく。
「大丈夫だよ~怖くないよ~」
すると、犬の方からも
珍しくテクテクと近づいてくる。
これまで全然近づいてこなかったのに・・・
手を差し出すと、ペロペロと舐めてくる。
「かわいいやつだなぁ・・・よしよし」
ガチャ。
家からリードと小さなバッグを持った
大家さんも出てくる。
それと同時に、犬も大家さんのもとに戻っていく。
「あっ、オノ君!!」
「あ!すみません、勝手に入っちゃって」
「いや、いいんだよ。この前はありがとうね!」
「いえいえ~」
「バイト帰り?」
「そうです」
大家さんとは、今まで、
会釈するだけの間柄だったが、
もう2回のカラオケを通じて、
結構仲良くなった。
「散歩ですか?」
「そう」
「そういえば、
この子の名前は何て言うんですか?」
「ゲン。ほんとはゲンキだけど
短くなってゲン」
「ゲンかぁ・・・」
すると、しばらく大家さんの後ろで
俺をジーと見ていたゲンが
またテクテクと近づいてきて、
俺の足元までくる。
今日はやたらと絡んでくるなぁ。
俺はしゃがんで、ゲンを抱きかかえ、
膝の上に乗せる。
最初は居心地悪そうにしていたが、
頭を撫でてあげると、
また俺の手をペロペロと舐めてくる。
「アハハ。おいおい、くすぐったいよ~」
ワンちゃんってやっぱりカワイイなぁ・・・
すると、それを横で見ていた
大家さんが一言。
「ゲンが舐めるのは、
別に甘えてるわけじゃないんだよ。
止めてほしいっていう時に舐めるんだよ」
「え?!」
・・・そうだったのか。
抱きかかえるのを
止めてほしいってことだったのか。
え?待てよ。ということは、
さっきペロペロ舐めてきたのは・・・
もしかして
家の敷地内に入るのを
止めてほしいってこと?
ゲンを膝から降ろすと、
ゲンは逃げるように
大家さんのもとへ走っていった。