マルオの新人教育
昨日からバイト先に入ってきた
新人のタカタさん。
美大の短大で絵を学んでいるらしい。
タカタさんは、今まで倉庫内作業の派遣バイトしか
したことがないらしく、飲食店でのバイトは
初めてらしい。
「じゃぁ、マルオ、教育係ね」
店長に、そう言われると、
マルオは明らかに動揺している。
「え~~、ワ、ワシが???」
そうか・・・マルオも、
1年くらい働いてるから
もう教える立場になったんだな。
時が経つのは早い・・・。
「ワシ、マルオ言います。
なんか教えることになったけぇ、
よろしくね」
「・・・がいします」
タカタさんは、か細く、
小さな声で答える。
「じゃ~~~~・・・・とりあえず・・・」
歩きながら店内のテーブルの配置を
教えていくマルオの後ろに、
タカタさんは黙って付いていく。
「テーブル番号が、ここからここが、
1から10じゃろ。んで、こっちが・・・」
店内を一通り、周って戻ってくる2人。
「ん~まぁ、そんなもんじゃね・・・あとは、
お客さんが実際来てから教えるけぇ・・・」
「・・・はい」
タカタさんが頷き、
二人は、店の入り口の前で
並んでお客さんを待っている。
しかし、今日は東京ドームで
目立ったイベントは無く、
お客さんも中々入ってこない。
「・・・・」
「・・・・」
丸いお盆を抱えたマルオとタカタさんは、
気まずそうに、2人並んで立っている。
おいおいマルオ、
まだ他にも教えることあるだろ・・・
しばらく見ていても、
二人とも微動だにしないので、
俺が声をかける。
「おい、マルオ、挨拶とかは教えたん?」
すると、マルオはハッと気づいたように
タカタさんに話しかける。
「そ、そうじゃ。
接客7大用語って知っとる?」
「・・・」
タカタさんは、ゆっくりと首を傾ける。
「あ~そりゃぁ、知らんか。
えっとね・・・
挨拶は、できるだけ元気に大きな声で・・・」
すると、マルオは、
無理に笑顔をつくり、大声を張り上げる。
「いらっしゃいませーーー!」
「・・・」
「・・・少々お待ちください!!」
「・・・」
「・・・かしこまりました!」
「・・・」
マルオは、タカタさんに
復唱して欲しかったのか
いちいちタカタさんの顔を見ながら挨拶するが、
タカタさんは、マルオを見て、
ただ頷いている。
「あの・・・一緒に・・・」
「あ・・・・すみません」
そして、一通り、二人で、
接客7大用語を復唱した後は、
マルオも、緊張がほぐれたのか、
積極的に話しかけているようだ。
「タカタさんの出身はどこなん?」
「・・・・・きです」
「え?」
マルオは時々、耳を近づけ、
話を聞き返している。
「・・・・・きです」
「アッハッハッハ、
そうなんじゃ~!へぇ~~~!」
タカタさんの声が小さいのもあって
遠くからでは、2人の会話は
良く聞こえないけど
何やら楽しそうに見える。
「おいおい。さっきは、
何を楽しそうに話しとったんやマルオ!」
俺はマルオにこっそり聞いてみる。
「えっと・・・タカタさん、
絵を描いとるそうです!」
「・・・え?それだけ?!!」
っていうかその情報、
もうすでに知ってたし・・・。
「いや、それがほとんど
聞こえんかったんですよ・・・」
え・・・
じゃぁ、お前は一体、
何に対して笑っとったんや・・・