ウィスパー接客
バイト先に、
新人のタカタさんが入ってきて
一週間ちょっと。
でも、まだ3回目の出勤だ。
タカタさん専属の教育係のマルオは、
つきっきりで指導している。
「よっしゃ!じゃぁ!まず挨拶から!
この前教えた接客7大用語覚えとる?」
「えっと・・・」
タカタさんは、メモ帳を取り出し、読み上げる。
「・・・しゃいませ。
しょう・・・まちください・・・」
「アハハ・・・緊張しとる?
もうちょい、声が大きくなると、
ええんじゃけどね~」
「・・・ハイ」
そう、タカタさんは、至近距離でも
聞き取れないくらい声が小さい。
タカタさんは、気を取り直したように、
背筋を伸ばす。
「・・・まりました。・・・いたしました」
「うん・・・いい感じ!」
・・・マジか。
「じゃぁ、今日は、実際にお客さんに
接客してみようや~」
「・・・ハイ」
「いい?まず、おしぼりを渡して、
『いらっしゃいませ~』って言って、
『お茶は、セルフサービスになっております』
って言うんよ」
「い、いらっしゃいませ・・・
お茶はセルフ・・・」
タカタさんは、つぶやきながら
メモに書き留めている。
「お、ええよ~ええよ~メモは大事よぉ~」
「・・・」
タカタさんは、少し恥ずかしそうにしている。
「で・・・
『ご注文が決まったら、ボタンでお呼びください』
って言って、帰ってくるんよ」
「・・・わかりました」
「ハイ、じゃぁこれ、おしぼり持って」
不安そうに、お客さんのところへ向かうタカタさん。
マルオと俺は、陰からこっそり観察。
「マルオ、大丈夫なん?あの子」
「大丈夫よ。メモだってとるし。
すごい真面目なんじゃけぇ」
いや・・・そうじゃなくて。
タカタさんの初めての接客の相手は、
競馬新聞を手にしたオジさん。
「・・・ビスです」
「・・・え?」
「お茶・・・ルフ・・・・ビス・・・す」
「・・・ん?」
「お茶??あー、これね!」
案の定、オジさんも
タカタさんの声が、聞き取れなかったらしく、
何度も聞き返している。
「おい、マルオ。やっぱり、まだ
お前が行った方がええんじゃないん?」
「いやいや、大丈夫よ。
こういう時に、メモが役立つんじゃけ!」
「・・・タンで・・・びください」
「・・・ん?」
「ご注・・・ボタ・・・で」
「・・・は?」
やはり、聞き取れないらしい。
そして、ついには、タカタさんは、
何を思ったか、自分の持ってるメモ帳を
オジさんに見せる。
おいおい、ウソだろ・・・
メモ帳、お客さんに見せちゃったよ・・・
「あ~~、ボタン?コレ?」
オジさんも、ようやく理解できたようで、
タカタさんは、笑顔で、こちらに戻ってくる。
隣のマルオを見ると、
我が子を見る様に微笑んでいる。
「・・・ネ!」
マルオは、俺に向かって
グッと、親指を立てる。
・・・ネ!じゃねーよ!!