ビギナーズラック
「まもなく東京競馬場第7レースの投票を
締め切ります」
競馬の重賞レース、GⅢの開催日は
馬券場内のアナウンスの声が外まで漏れている。
水道橋と後楽園周辺と言えば、
行き先はだいたい東京ドーム。
ただ、東京ドームのすぐ横に
JRAの場外馬券場があるため、
よく競馬新聞を持ったオッチャンたちが
駅から馬券場めがけて歩いている。
バイト先に着くと、ここでも大学生たちが
競馬の話で盛り上がっていた。
競馬をすることは、後楽園周辺で
働く者の宿命なのかもしれない。
「オノさ~ん、馬券の買い方教えてくださいよ~」
競馬をやったことがないという
大学生トミーが言った。
「しょうがねぇな・・・」
トミーは、少し小太りの大学2年生。
俺がこのバイトに入った当初から、
事あるごとに、人懐っこく寄ってきて、
俺もいい兄貴分のような気分になっていた。
正直、競馬なんて
俺もほとんどやったことはないが
高校生の時にゲーセンで競馬ゲームに
ハマっていた時期がある。
俺は当時の記憶を呼び覚ましながら教える。
「競馬って、ほとんどのレースが
人気の馬が勝つようになってんだよ」
「へぇ~」
「今回は人気が割れていて、上位人気5頭の
馬のオッズ、配当金がある程度高い。
俺の経験上、だいたい人気馬が勝つんだよな」
「ふんふん」
「要するに、上位1~5番人気の馬に
万遍なく賭ければ、お金が戻ってくるか、
もしくはそれ以上のバックがあるわけよ」
「じゃあ、俺は、この7番人気の馬にします!」
え? 7番? おいおい、話聞いてたのかよ。
俺は1~5番人気の馬が来るって
説明してたんだけど・・・。
「7番人気って縁起良さそうじゃないすか~」
は? いやいや、この馬はさすがにキツイって。
そういう縁起とかで賭けちゃうヤツが、一番負けるんだよ。
「えっ、ほんとにそれでいいの?」
「いいっす。この馬で!」
まぁ、初めてだし、感覚とかも分かんないんだろうけど・・・。
「最初だし、おまえの好きなようにしなよ。」
「うっす!」
しょうがねぇなぁ。まぁ、トミーの負け分は
俺の勝ち分から補填してやるか・・・。
俺は1番人気から6番人気の馬に、
それぞれ500円ずつの単勝(計3000円)
と手広く賭ける。
よし。人気馬6頭全頭が大コケしない限り、
間違いなくこのレースは当たる。
そして、レースが始まり・・・。
予想に反し、1・2番人気がスタートで
大きく出遅れ、ヒヤッとするが
3番人気が先頭をひた走る。
まずまずの展開・・・。
しかし、最後の直線でトミーの買った
7番人気が外から差しこんで、まさかの1着。
「ヤッター!!! 当たりました!オノさん!」
「そうだね・・・」
「俺、換金してきまーす!」
「あ、あぁ。換金所は機械に
馬券を入れれば大丈夫だから・・・」
「うっすー!」
7番人気とあって、トミーの500円は・・・
1万円に化けた。
これぞビギナーズラックか・・・。
っていうか、偉そうに競馬を語ってた
俺の立場っていったい・・・。
すると、換金から戻ってきたトミーが
缶コーヒーを差し出してきた。
「オノさん、あざーす!」
「いや、俺は何も・・・」
10コも下の大学生の前で
いいトコ無しなばかりか、
缶コーヒーまでご馳走になるとは・・・。
トホホ・・・。